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岩手ミニ紀行 東北砕石工場と賢治が歩いた道 (サムライ平和第13号より転載)その4

「サムライ平和(ピース)」山波言太郎総合文化財団編集発行 には、でくのぼう宮沢賢治の会のメンバーからも投稿が寄せられています。今回はサムライ平和13号に掲載された甲斐次郎さんの岩手ミニ紀行を当ブログに転載します。


 

岩手ミニ紀行 東北砕石工場と賢治が歩いた道

 

 11月(2018年)に岩手に行く機会があり、東山町の東北砕石工場と、石鳥谷(花巻市)などを周ってきました。東北砕石工場は、宮沢賢治の晩年、昭和4年から亡くなるまでの足掛け5年の関わりがあった場所ですが、驚くなかれ、現在も賢治がいた当時の姿のまま保存されています。ちょうど、耐震補強工事中のため、中を見ることはできませんでしたが、砕石の機械やトロッコなど当時のものを見ることができました。賢治が実際にやってきた工場や賢治が歩いたという駅からの道など当時の雰囲気がありありと感じられました。また隣接する「石と賢治のミュージアム」では偶然、「語り継ごう鈴木実先生の志」という催しがあり、参加させていただくことができました。

 

東北砕石工場

東北砕石工場と賢治が歩いた道

 

 その催しは、鈴木実さんという方と縁のあった8人の方がそれぞれに思い出などを語る会でした。途中からの参加でしたが、私が聞いた中では最高齢の90歳を超える方が、戦争体験を交えながら、鈴木実先生にいかにお世話になったか、ありがたかった、といったお話をされていました。また、別の方は鈴木実さんのめいっ子の方で、とにかくあったかい人でよくめんどうをみてくれた、とのこと。そのほかにも実先生からユネスコ土曜学校で教わった話など伺うことができました。何も知らずに、会に参加してお話を聞かせていただき、そこで鈴木実さんという方を初めて知ったのですが、相当な人格者であるらしいことを知りました。いただいた資料によれば、昭和23年の戦後復興の時期に、地元東山町に全国2番目となる賢治詩碑「まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方のそらにちらばらう」の建立にご尽力されたそうです。また、高校教師として生徒の指標とすべく賢治顕彰碑を設置された、等々の足跡が記されていました。

 

 この鈴木実さんこそ、東北砕石工場に技師・宮沢賢治を招いた鈴木東蔵さんの息子さんだったのです。東北砕石工場や東蔵さんには、何かと暗いイメージを抱いておりましたが、そのイメージが払拭されました。ミュージアムには東蔵さんの足跡や著書の紹介などもあり、東蔵さんがいかに当時の農村の窮状を憂いていたか、ということがひしひしと伝わってきました。
 石鳥谷には、サムライ・ピース11号に熊谷先生が書かれた「花巻・石鳥谷紀行」を頼りに、復元されたという肥料設計所を目指しました。観光施設にもなっておらず、すでに日没後ということで、せめて建物だけでも見たい、という気持ちで行きました。案の定、鍵は締まっており誰もおらず、観光案内の肥料設計所の看板だけでも見れたので良し、と思ったのですが、ガラス戸には、御用の方はお電話をください、と電話番号を書いた貼り紙がありました。電話をすると、菊池善男さんご本人がわざわざやってきてくださり1時間近くお話を伺うことができました。2階建ての家をひとしきりご案内いただき、ゆくゆくは民泊できるようにしたい、賢治のゆかりの地を案内したり、賢治めぐりの拠点として使えるようにしたいと思っているんです、と話されました。音楽やイベントや中央から有名な人を呼んできて人を集めるのではなく、賢治とご縁のあったものの務めとして、つながりを作りながら本当の賢治を伝えていきたい、と話されました。「羅須地人協会は、失敗とか言われているけど、ちょうど治安維持法の影響で、親御さんたちに迷惑がかかると悪いからやめたんですよ。」とのお話が実感がこもっていました。なにか菊池信一さんその人が語っているかのような不思議な感覚を覚えました。そして何より、熊谷先生の紀行について、「こうして話したことを上手に臨場感いっぱいにまとめていただいて、本当にありがたいんです。これを見てまた訪ねてきてくださる人がいる。」と何度もおっしゃっていました。そして、ここのことをぜひ伝えてください、とも。

 

 東山では、鈴木実先生のことをしっかりと語り継いでいこう、後世に伝えていこう、先生の精神を受け継いでしっかり生きていかなくてはいけないんだ、というご発言もあり皆さんの楽しげで熱い思いにあふれていました。
 石鳥谷では菊池善男さんが歩いてくるお姿を見て、感動してしまいました。愛情のかたまりのような方だ、と感じました。お話を伺っているあいだ中も、なんと、この方は仏様のようなお方だ、とその感動がずっと続いていました。
 語り継ぐとはどういうことか、ひしひしと感じた次第です。 

 

(甲斐次郎)

 

 

 

| ポラーノ@管理人 | 11:28 | comments(0) | - | pookmark |
天から人への問いかけ ―― 中村哲医師のことばから

 中村哲医師は、心から尊敬する人です。

 以前、でく会代表の熊谷さんから聞いたのですが、ご存命だった桑原(山波)啓善先生に中村哲先生の話をしたところ、「ああ、あの神様みたいな人ね」と言われたそうです。

 

 私がまだ学生だった頃、当時はあまり有名ではなかった中村哲先生に友人が「尊敬する人はいますか?」というような質問をした時に、中村先生は「宮沢賢治です」と言いました。中村先生はクリスチャンだと言っていたので、宮沢賢治は仏教(法華経)を信奉してのでは? と少し意外に思ったのを覚えています。

 でも、今なら、その気持ちは良くわかります。

 先生は、「本当の神様」を信じていたのだと思うからです。

 

「みんながめいめいじぶんの神さまがほんとうの神さまだというだろう、けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちがしたことでも涙がこぼれるだろう。」

(宮沢賢治「銀河鉄道の夜」第3次稿より)

 

 中村先生は、大旱魃と戦災からアフガニスタンの人を助けるために、診療所を作り、井戸を掘り、用水路を作って、多くの人々の生活を救いました。そして用水路の中心地に、「モスク」(イスラムの礼拝堂)を建てます。現地の人たちは、用水路(水と食べもの)を得たときよりも、それは、それは、喜んだそうです。「これで、本当に私たちは開放された」と。日本人でクリスチャンの中村先生が、それをやったことを、皆が真似をするのなら、この世の宗教戦争や民族の迫害などは、跡形もなく消し飛ぶと思うのです。

 中村先生は常々「相手の立場になって考える」ことが一番大事だと言っていました。

 

・・・・・・・・・・・

 

 中村先生は、皆の役にたつ医者になりたいという若い医学部の学生の進路相談を受けたときに、「君が何か出来事に遭遇したときに、どうするか、ということが道を作って行く」「わたしなどは、こうなりたくないなあ、と思う方へ行った(笑)」というようなことを答えられていました。この話を聞いて、中村先生が宮沢賢治学会のイーハトーブ賞を受けられた時の授賞式(2004年)に寄せた言葉を思い出したのです。

 

「よくよく考えれば、どこに居ても、思い通りに事が運ぶ人生はありません。予期せぬことが多く、「こんな筈ではなかった」と思うことの方が普通です。賢治の描くゴーシュは、欠点や美点、醜さや気高さを併せ持つ普通の人が、いかに与えられた時間を生き抜くか、示唆に富んでいます。遭遇する全ての状況が――古くさい言い回しをすれば――天から人への問いかけである。それに対する応答の連続が、即ち私たちの人生そのものである。その中で、これだけは人として最低限守るべきものは何か、伝えてくれるような気がします。それゆえ、ゴーシュの姿が自分と重なって仕方ありません。」

「イーハトーヴ賞(宮沢賢治学会主催)受賞に寄せて 中村哲」より抜粋 

(全文)http://www.peshawar-pms.com/kaiho/81nakamura.html

 

 「みんなの本当の幸い」のためには、日常の愛と奉仕しかないことを、私もずっと教わってきましたが、日常で起こる出来事に、どう対処するか。世の中(人)のためにやるか、自分の保身のためにやるか、心をとるか、モノをとるか。その積み重ねでしか、その積み重ねだけが、世界を変えていく、平和を築いていく礎であること。それだけが、その人の人生の価値を決めるということを、中村先生はご自分の人生をもって示して下さったと思うのです。

 

「正しく清くはたらくひとはひとつの大きな芸術を時間のうしろにつくるのです。ごらんなさい。向ふの青いそらのなかを一羽の鵠(こふ)がとんで行きます。鳥はうしろにみなそのあとをもつのです。みんなはそれを見ないでせうが、わたくしはそれを見るのです。おんなじやうにわたくしどもはみなそのあとにひとつの世界をつくって来ます。それがあらゆる人々のいちばん高い芸術です。」

―― 宮沢賢治作 童話「マリヴロンと少女」より

 

 今も中村先生はあちらの世界で、次のもっと大きな活動をされていると信じています。

 

草薙建

 

 

| 草薙建 | 15:54 | comments(0) | - | pookmark |
活版体験

 

 町の印刷屋さんで当時のおはなしを聞きながら、手フート印刷機を使っての活版体験に参加しました。印刷所の中に入ると昔の手動の印刷機や、柵には活字がきちんと並んで入っています。なんだか懐かしい空気の中に包まれて行くような気持になりました。

 

活版体験2

 

 10月リラ自然音楽クラブの講座、賢治長へん輪読会で『銀河鉄道の夜』の 一、午后の授業 二、活版所 三、家 をみんなで読みました。読み終わった後、二、活版所 の場面でAさんが昔、印刷所で活字が沢山入っている棚を見た事など詳しく懐かしそうに話して下さいました。またBさんは「お母さんを想うやさしくて、本当に健気なジョバンニの姿を感じます」といったような事をおっしゃいました。

私はその時の、皆さんのお話しが浮かんできました。

 

活版体験6

 

 私は名刺を作るために、柵の中の一番小さなひらがなの活字を、一つ拾うのにもたもたしながら文選箱に入れながら、あー、ジョバンニは私が手に持っている活字よりも、もっともっと小さな活字を、一つ一つ間違えないように沢山拾って、この文選箱に入れていたのだと思った時、大人たちの中で、仕事は本当に大変なのに、それよりも、パンと牛乳と角砂糖を買ってお母さんに飲ませてあげようというジョバンニの心に触れて、胸がいっぱいになってしまいました。
 印刷所のご主人から頂いた資料の中に、『銀河鉄道の夜』の二、活版所が書かれていましたのでお伺いしたら「ジョバンニが壁の隅の所へしゃがんで、粟粒ぐらいの活字を拾っていたと書かれているので、私の想像ですがルビ(ふりがな)の活字を拾っていたのではないのかなー」とおっしゃって、(欧文活字大きさ実物)という資料を見せて下さり、そこに印刷されている字の小ささに驚いてしまいました。それは本当に粟粒ぐらいでこれを拾っていたのだと思うと言葉がでませんでした。
 印刷所はご夫婦二人だけで活版印刷も続けられています。
廃業になったりして使われなくなった活字や、昔の活版印刷機械を譲り受けた物もあり、中には捨てられてしまった物もあって、忍びなく思うとご主人はおっしゃっていました。
これからも大切に使って、若い方達に受け継いで行けたらいいと思われています。
 私はとてもいい体験をさせていただきました。


                   ヒームカ

 

活版体験4

 

活版体験5

 

 

| ヒームカ | 23:28 | comments(1) | - | pookmark |
2020年 元旦

 

明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い申し上げます。

 

 

   令和二年     

           でくのぼう宮沢賢治の会

 

 

ばら

 

 

 

| ポラーノ@管理人 | 10:22 | comments(1) | - | pookmark |
新作紙芝居「いちょうの実」、小学校での読み聞かせ報告

☆宮沢賢治大好きなまるめろさんからの報告です

 

 当会のヒームカさんが、「気のいい火山弾」に続いて、「いちょうの実」の紙芝居を製作してくださいました。地元の小学校で読み聞かせのボランティアをしていて、いつも宮沢賢治の作品を中心に読んでいます。「いちょうの実」は、秋になると読んでいる作品なのですが、気に入った絵の絵本や紙芝居がなかったので、ヒームカさんにお願いしたところ、見ているだけで暖かく、優しい気持ちにしてくれる素敵な紙芝居を描いてくださいました。

 さっそく2年生のクラスで読んだところ、一人の男の子が帰宅してから、「今日、読み聞かせで聞いたお話で、いちょうの子どもたちがかわいかったよ。ぼくもお母さんに優しくしてあげたくなったから、お手伝いするよ。」と言ってくれたと、お母さんが嬉しそうに教えてくれました。子どもの素直な感性に、心洗われる思いがしました。賢治さんの純粋で美しい心のこもった作品が、みんなの心を癒してくれる瞬間に立ち会えることは、何ものにも代えがたい喜びです。これからも、心を込めて大切に、賢治さんの作品を子どもたちに届けていきたいと思います。ヒームカさん、ステキな紙芝居を本当にありがとうございました!

 

                             (まるめろ)

 

 

いちょうの実-スミ

いちょうの実(紙芝居用の画像が手許にないため、

山波財団会報誌に掲載された絵を使用しています)

 

気のいい火山弾2013.12.30 Monday

気のいい火山弾(紙芝居)

 

 

| まるめろ | 20:13 | comments(0) | - | pookmark |
2019年(令和元年)賢治祭&近況報告

 

宮沢賢治祭 令和元年

2019年9月21日(土) 午後3時〜5時頃(時間未定)

前半「グスコーブドリと賢治の伝記」  

後半「イーハトーブの歌と朗読」(仮)

 

毎年恒例の賢治祭。今年は、新作です。どうぞご参加下さい。

※山波財団会員のみ参加できるイベントです。


2018賢治祭2

昨年(平成30年)の賢治祭

 

 

☆近況のご報告☆

熊谷えり子さん講座「学者アラムハラドの見た着物」を皆で読んでいます。

 

雨ニモマケズ碑

「雨ニモマケズ」碑(由比ヶ浜の山波言太郎総合文化財団にて)

 

| ポラーノ@管理人 | 10:04 | comments(0) | - | pookmark |
ご案内「オーロラストーリー上映&星空コンサート」

 

横浜市でプラネタリウムのご案内ですが、既に予約が埋まり満席となっています。

お知らせのみとなりますが関心のある方はwebや、フェイスブックをご覧になってください。

 

「オーロラストーリー上映&星空コンサート」

  〜星野道夫・宙との対話〜

    人はなぜ宙をあおぐのか・・・

    宙といのちのつながりについて体感する一時間

 

横浜市プラネタリウム


同時開催「病院がプラネタリウム 星空体験」

 

「横浜みんなでプラネタリウムプロジェクト」フェイスブック

 

 

 

| ポラーノ@管理人 | 09:57 | comments(0) | - | pookmark |
草野心平記念文学館の夏の企画展「宮沢賢治―賢治の宇宙 心平の天―」その3

 

せっかくきたので草野心平さんの生家もみたいということもあってタクシーでどのくらい時間がかかるか等たずねていたら、な、な、なんと!О氏が駅まで送ってくださるというではありませんか!!!!!

すっかり仲良くなった気分でずうずうしくもありがたくお言葉に甘えることにいたしました。О氏が支度をなさっている間ほんの少しだけもう一度企画展をまわり資料をいただきました。帰りの電車の時間をきかれ、いわき駅だと車が混むから時間に余裕をもって出たがいいとすぐ車に乗り込みました。駅に行くのかと思ったら心平さんの母校小川小学校をまわって生家へ。え?時間は?という間にどんどん生家の中へ入っていかれ 心平さんの教え子のボランティアの方と心平さんが作った小川小学校の校歌を歌って下さいました。それから心平さんのお墓へ連れて行ってくださいました。心平さんの墓石には戒名はありませんでした。常設展示の作品を見ていて私もHさんも心平さんは死後の世界をご存じだったのではないかしらと話していたのでとても心平さんらしいと思いました。それでふと見ると蛙さんがいたのです。天気の良い日差しが強い時間なのに。きっと心平さんがよろこんでくださったのかしらと云い合いながら駅へ向かいました。しかしまたここで車は違うところ?を走っています。きれいな川がみえてきて水面はキラキラと銀色に光って実にきれいです。夏井川という川でその堰をわざわざ遠回りして見せてくださったのです。小川村の豊かな自然を体験させてくださりやっとこんどこそほんとうにいわき駅へむかいました。その道中も次から次へ面白いお話をきかせてくださりずっと笑ったり感心したりしているうち駅について挨拶もそこそこにぎりぎりで特急電車に飛び乗りました。座席に座ったあともなんだか夢のような時間を過ごしたようで二人ともしばらく興奮がさめませんでした。

学芸員О氏がお弟子さんのMさんとともに私たちに気をつかわせないようサプライズで心平さんゆかりの場所めぐりをしてくださったことやその間もたくさんの知識と話題でひとときもあきることがありませんでした。短い時間でしたが濃厚で貴重なひとときを過ごさせていただいたことに心から感謝しております。ありがとうございました。

 

草野心平さん生家

草野心平さん生家

 

生家案内ボランティアをしている心平さんの教え子さん小川小学校校歌(心平さん作詞)斉唱

小川小学校校歌斉唱

 

草野心平さんのお墓

心平さんのお墓

 

お墓のすぐ横にいた蛙さん 写真をとろうとしたら日陰にとんだところを

お墓のすぐ横にいた蛙

 

 

| 風志野はるか | 15:42 | comments(0) | - | pookmark |
映画『愁いの王─宮沢賢治─』の吉田重滿監督よりお便りが届きました。

 

吉田重滿監督作品 映画『愁いの王 ─宮沢賢治─』初の一般公開は満員御礼でした、とのうれしいお便りが、でくのぼう宮沢賢治の会 代表の熊谷さんの元に届きました。そのお手紙をでくのぼう会ブログに掲載してもよいとの了承を得ましたので、ここに掲載させていただきます。また、過去にブログに掲載した映画の感想文が、素敵な映画パンフレットの裏表紙に紹介されていて、会のメンバーたちも皆びっくりしおもはゆいやらうれしいやらでした。吉田様、本当にありがとうございます! この先も『愁いの王─宮沢賢治─』が多くの方々に鑑賞していただけることを一同願っています。

 

憂いの王パンフ表紙憂いの王パンフ裏表紙

吉田監督よりいただいた映画パンフレットの表紙と裏表紙

 

 

吉田重滿様からのお手紙です

拝啓 熊谷えり子様

 

 貴社の皆様にはお元気でご活躍のことと存じます。
 先日、盛岡劇場で映画『愁いの王─宮沢賢治─』の初の一般公開をいたしました。お蔭様で満員御礼となりまして、ホッとしたところでございます。
 その時、お客様に映画のパンフレットを配布しました。
「でくのぼう宮沢賢治の会」の皆様からいただいた映画のご感想を掲載させていただいたパンフレットです。
ご覧になっていただけたら、幸いでございます。
本当にありがとうございました。まずはお礼を申し上げます。
                              敬具

 

 

 

 

| ポラーノ@管理人 | 14:03 | comments(1) | - | pookmark |
草野心平記念文学館の夏の企画展「宮沢賢治―賢治の宇宙 心平の天―」その2

みなさま ご無沙汰しました。前回は秋の初めでしたが今回は春の初めです。

(いつもより早く冬眠にはいりいつもより早く冬眠からさめた蛙です。)

 

草野心平記念文学館の夏の企画展「宮沢賢治―賢治の宇宙 心平の天―」訪問の続きです。

前回は到着してさあ企画展を観覧しようかというところで呼ぶ声がしたというところでした。

声の主は 草野心平記念文学館の学芸員0氏でした。なぜ私の名前をご存じなのだろうと不思議におもっていると同行者のHさんが心平さんの常設展示をみようとしたところ声をかけられ、展示の案内をしてくださるというので私を探しておられたのです。またこの日О氏のお弟子さんのMさんも来館されており一緒にまわることになりました。私が企画展のブースの中にいたのでО氏は企画展の中を案内してくださいました。印象に残っているのは賢治さんに法華文学をすすめた高知尾智燿(たかちおちよう)氏が心平さんの母校である小川小学校で先生をされていたことです。あさからぬ縁を感じました。そして常設展示室の中にはいるやいなやO氏の名調子が始まり、心平さんが経営していた居酒屋「火の車」を模した中で入り椅子に座ってお品書きなどみてるとまるで心平さんにおよばれされたような気分になりました。原稿をみたり、心平さんの詩を朗々と朗読してくださったり、ときには詩の解説や当時の心平さんの状況を説明してくださったり、ほんとうに盛りだくさんの案内をしてくださいました。一通り案内が終ると今度はお昼もご一緒させていただきました。併設のレストラン「スピカ」でこだわりカレー手作りジャムのデザート新鮮な野菜のサラダ(ほんとうに美味しかった!)をいただきました。大きな窓から真っ青な空と自然を眺めながらの会話はとても贅沢なものに感じました。しかし私たちには帰る時間がせまっていました。せっかくきたなら心平さんの生家もよりたいし、けれどここ草野心平記念文学館は駅から離れていて車かタクシーでないと交通手段がないのです。(つづく)

 

 

レストランスピカの前にて  

賢治さんの看板に手をかける学芸員O氏 お弟子さんのMさん でくのぼう会Hさん

レストランスピカの前にて

 

 

駐車場からの草野心平記念文学館

手前がレストラン「スピカ」 奥の建物が記念文学館文学館。屋上に見える

いくつものアーチがある白い建造物のところは芝生があって憩える場所にな

っている。見晴しが素晴らしい

駐車場からの草野心平記念文学館

 

| 風志野はるか | 18:31 | comments(0) | - | pookmark |
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