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戦争を体験されたお二人から思うこと(サムライ平和第16号より転載 )その5

 


「サムライ平和(ピース)」山波言太郎総合文化財団編集発行 には、でくのぼう宮沢賢治の会のメンバーからも投稿が寄せられています。今回はサムライ平和16号に掲載された「特集 戦後75年を想う」から夏原ゆとさんのエッセイを転載しています


 

 私は介護の仕事をしていますが、ご利用者の中には先の戦争を体験された方もおられます。その中でも、あるお二人の姿は今でも忘れることはありません。

 

 A氏は私が介護をさせて頂いた当時、某企業の名誉最高顧問という立場でした。東大卒の方で戦時中は海軍の薬剤官の任務に就かれていたそうです。偉ぶることもなく、ユーモアたっぷりの方でした。しかしとある日、同僚が介護中の会話の中で「今何が世界で起こっているのかなんて知らない。アジアの地図も正確には分からない。」という主旨を話したところ、A氏は怒り出し、いきなり同僚の首を絞めようとしました。A氏は顔を真っ赤にし、「俺たちはお前たちのために戦ったんだ。それなのに、お前たちは今そんな生き方をして…!」と悔しそうに絞り出すように震えた声で語られ、同僚の首から手を離されました。またある日、A氏のご家族から「おじいちゃん(A氏)の部屋を掃除していたら、机の中から海軍にいた時の銃が出てきたの。おじいちゃん、銃なんてどうしてずっと持っていたの?」と尋ねられていましたが、A氏は何も語らず涙だけを流され最後まで理由を話されることはありませんでした。某企業の社長をされていた方ですが、銃を傍らに置いて、何か秘めたる覚悟を持って戦後もずっと仕事をされてきたのだろうか…と想像します。

 

 Bさんはとても気丈な方で、当時106歳の女性でした。毎朝4時過ぎに着物を着られ身支度をし、歩く時などは杖を使用され介助が必要でしたが、それ以外は身の回りのことなどは殆どご自身でされていました。裕福にもかかわらず、物を本当に大切にされる方でした。またBさんは名家の方で、先祖はシーボルトとも交流があったそうです。ある日の昼食後、また別の同僚が「(第二次世界大戦は)結局、侵略戦争だったんでしょう。」と仕事をしながらポツリと言いました。その瞬間、Bさんは箸をピシャリと置きました。そして黙したまま、その時ばかりは介助の手も借りず、杖も使わずに背筋をピンと伸ばしたまま、一人でサッサと部屋に戻られてしまいました。その様子は静かながらも、気迫は凄まじいものでした。私は呆気にとられたと同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。戦時中多くの方々は決して私利私欲のために戦ったわけではない…ということを、その時のBさんの姿や日頃からの生き方から私は感じたのです。またBさんのような多くの方々が、戦後何を言われても黙ったまま、それでもひたすら生きてこられたのだろうと思います。

 

 先の戦争については、私にはまだまだ分からない事も多いです。しかし、お二人のことを思うと、私たちはこのままの生き方でよいのだろうか…と考えてしまいます。様々な多様な戦争体験もあると思いますが、それぞれの方の決死の歩んできた道の上に今の私たちの世があります。今も戦争の絶えない世界ですが、もうこれからは戦いのない時代をつくっていかなければ地球も耐えられないと感じます。そういう時代をつくる一人に私もなりたいと、自戒を込めて思います。

                                 (夏原ゆと)

 

 

 

 

 

| ポラーノ@管理人 | 13:00 | comments(0) | - | pookmark |
サムライ平和16号 最新号

 

エゴから愛へ
人類文明の転換のために──
日本の心と平和を鎌倉から発進する総合誌

 

サムライ平和16

サムライ平和(ピース)16号表紙
定価 1、000円+税
山波言太郎総合文化財団 発行

 

 

目次


 カラーページ 〉 山波言太郎 詩「大空をとぶ鳥のように」

 

 ◻︎宮沢賢治の霊的世界
            桑原啓善

 

 ◻︎異界は誘う
            三浦清宏

 

 ◻︎学術の正道をもとめて
   ――ソフィアとしての霊学(スピリチュアリティ) (3)

            三浦正雄

 

 ◻︎シュヴァイツァー博士とヘレーネ夫人(1)
            加藤 明

 

 ◻︎天と地をつなぐもの
            小野寺市朗


 ◻︎ブルーカーボン紀行 森と海の再生を策ねて
    〜北海道 霧多布湿原と風蓮湖を巡って〜
            牧 三晴


 ◻︎コロナ後が「愛と奉仕」の世界に生まれ変わりますように!
            近藤美樹子


 ◻︎戦後の高度経済成長を眼前に思うこと
            村井佳子


 ◻︎宮沢賢治の劇を読む その三 ―異稿『植物医師』考
            佐藤桂子

 

 ◻︎平和憲法を生きる覚悟
    
愛の錬金術を描いた「饑餓陣営
            熊谷えり子

 

 ◻︎研究論文「念仏僧の時代 〜中世再考の試み〜」
            桂川宙峰

 

 ◻︎長い橋
            桑原啓善

 

 

 ◻︎特集 戦後75年を想う
  ◻︎「海軍特攻隊司令を務めたクリスチャン川元徳次郎のこと」

             渡 里香

   投稿

  A:戦争体験記・聞き書き
  B:エッセイ・小論文
  C:平和を呼ぶ声

 


 

サムライ平和16号は山波財団迄 お電話 0467-25-7707をいただければお送り致します。
(送料2冊まで164円)火・水休

 

取り扱い書店

・有隣堂 本店(横浜市伊勢佐木町・関内駅)

・有隣堂 川崎(アトレ川崎・川崎駅)

・ジュンク堂 池袋本店(池袋駅)

・書泉グランデ(神田神保町・神保町駅)

・オリオン書房 ノルテ店(立川市曙町・立川駅)

 

(鎌倉市内の書店)

・鳥森書店(鎌倉駅東口)

・たらば書房(鎌倉駅西口駅前)

 

・NPOセンター鎌倉(鎌倉駅西口)

・NPOセンター大船(大船駅西口)

 

JUGEMテーマ:デクノボー宮沢賢治について

| ポラーノ@管理人 | 09:02 | comments(0) | - | pookmark |
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岩手ミニ紀行 東北砕石工場と賢治が歩いた道 (サムライ平和第13号より転載)その4

「サムライ平和(ピース)」山波言太郎総合文化財団編集発行 には、でくのぼう宮沢賢治の会のメンバーからも投稿が寄せられています。今回はサムライ平和13号に掲載された甲斐次郎さんの岩手ミニ紀行を当ブログに転載します。


 

岩手ミニ紀行 東北砕石工場と賢治が歩いた道

 

 11月(2018年)に岩手に行く機会があり、東山町の東北砕石工場と、石鳥谷(花巻市)などを周ってきました。東北砕石工場は、宮沢賢治の晩年、昭和4年から亡くなるまでの足掛け5年の関わりがあった場所ですが、驚くなかれ、現在も賢治がいた当時の姿のまま保存されています。ちょうど、耐震補強工事中のため、中を見ることはできませんでしたが、砕石の機械やトロッコなど当時のものを見ることができました。賢治が実際にやってきた工場や賢治が歩いたという駅からの道など当時の雰囲気がありありと感じられました。また隣接する「石と賢治のミュージアム」では偶然、「語り継ごう鈴木実先生の志」という催しがあり、参加させていただくことができました。

 

東北砕石工場

東北砕石工場と賢治が歩いた道

 

 その催しは、鈴木実さんという方と縁のあった8人の方がそれぞれに思い出などを語る会でした。途中からの参加でしたが、私が聞いた中では最高齢の90歳を超える方が、戦争体験を交えながら、鈴木実先生にいかにお世話になったか、ありがたかった、といったお話をされていました。また、別の方は鈴木実さんのめいっ子の方で、とにかくあったかい人でよくめんどうをみてくれた、とのこと。そのほかにも実先生からユネスコ土曜学校で教わった話など伺うことができました。何も知らずに、会に参加してお話を聞かせていただき、そこで鈴木実さんという方を初めて知ったのですが、相当な人格者であるらしいことを知りました。いただいた資料によれば、昭和23年の戦後復興の時期に、地元東山町に全国2番目となる賢治詩碑「まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方のそらにちらばらう」の建立にご尽力されたそうです。また、高校教師として生徒の指標とすべく賢治顕彰碑を設置された、等々の足跡が記されていました。

 

 この鈴木実さんこそ、東北砕石工場に技師・宮沢賢治を招いた鈴木東蔵さんの息子さんだったのです。東北砕石工場や東蔵さんには、何かと暗いイメージを抱いておりましたが、そのイメージが払拭されました。ミュージアムには東蔵さんの足跡や著書の紹介などもあり、東蔵さんがいかに当時の農村の窮状を憂いていたか、ということがひしひしと伝わってきました。
 石鳥谷には、サムライ・ピース11号に熊谷先生が書かれた「花巻・石鳥谷紀行」を頼りに、復元されたという肥料設計所を目指しました。観光施設にもなっておらず、すでに日没後ということで、せめて建物だけでも見たい、という気持ちで行きました。案の定、鍵は締まっており誰もおらず、観光案内の肥料設計所の看板だけでも見れたので良し、と思ったのですが、ガラス戸には、御用の方はお電話をください、と電話番号を書いた貼り紙がありました。電話をすると、菊池善男さんご本人がわざわざやってきてくださり1時間近くお話を伺うことができました。2階建ての家をひとしきりご案内いただき、ゆくゆくは民泊できるようにしたい、賢治のゆかりの地を案内したり、賢治めぐりの拠点として使えるようにしたいと思っているんです、と話されました。音楽やイベントや中央から有名な人を呼んできて人を集めるのではなく、賢治とご縁のあったものの務めとして、つながりを作りながら本当の賢治を伝えていきたい、と話されました。「羅須地人協会は、失敗とか言われているけど、ちょうど治安維持法の影響で、親御さんたちに迷惑がかかると悪いからやめたんですよ。」とのお話が実感がこもっていました。なにか菊池信一さんその人が語っているかのような不思議な感覚を覚えました。そして何より、熊谷先生の紀行について、「こうして話したことを上手に臨場感いっぱいにまとめていただいて、本当にありがたいんです。これを見てまた訪ねてきてくださる人がいる。」と何度もおっしゃっていました。そして、ここのことをぜひ伝えてください、とも。

 

 東山では、鈴木実先生のことをしっかりと語り継いでいこう、後世に伝えていこう、先生の精神を受け継いでしっかり生きていかなくてはいけないんだ、というご発言もあり皆さんの楽しげで熱い思いにあふれていました。
 石鳥谷では菊池善男さんが歩いてくるお姿を見て、感動してしまいました。愛情のかたまりのような方だ、と感じました。お話を伺っているあいだ中も、なんと、この方は仏様のようなお方だ、とその感動がずっと続いていました。
 語り継ぐとはどういうことか、ひしひしと感じた次第です。 

 

(甲斐次郎)

 

 

 

| ポラーノ@管理人 | 11:28 | comments(0) | - | pookmark |
天から人への問いかけ ―― 中村哲医師のことばから

 中村哲医師は、心から尊敬する人です。

 以前、でく会代表の熊谷さんから聞いたのですが、ご存命だった桑原(山波)啓善先生に中村哲先生の話をしたところ、「ああ、あの神様みたいな人ね」と言われたそうです。

 

 私がまだ学生だった頃、当時はあまり有名ではなかった中村哲先生に友人が「尊敬する人はいますか?」というような質問をした時に、中村先生は「宮沢賢治です」と言いました。中村先生はクリスチャンだと言っていたので、宮沢賢治は仏教(法華経)を信奉してのでは? と少し意外に思ったのを覚えています。

 でも、今なら、その気持ちは良くわかります。

 先生は、「本当の神様」を信じていたのだと思うからです。

 

「みんながめいめいじぶんの神さまがほんとうの神さまだというだろう、けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちがしたことでも涙がこぼれるだろう。」

(宮沢賢治「銀河鉄道の夜」第3次稿より)

 

 中村先生は、大旱魃と戦災からアフガニスタンの人を助けるために、診療所を作り、井戸を掘り、用水路を作って、多くの人々の生活を救いました。そして用水路の中心地に、「モスク」(イスラムの礼拝堂)を建てます。現地の人たちは、用水路(水と食べもの)を得たときよりも、それは、それは、喜んだそうです。「これで、本当に私たちは開放された」と。日本人でクリスチャンの中村先生が、それをやったことを、皆が真似をするのなら、この世の宗教戦争や民族の迫害などは、跡形もなく消し飛ぶと思うのです。

 中村先生は常々「相手の立場になって考える」ことが一番大事だと言っていました。

 

・・・・・・・・・・・

 

 中村先生は、皆の役にたつ医者になりたいという若い医学部の学生の進路相談を受けたときに、「君が何か出来事に遭遇したときに、どうするか、ということが道を作って行く」「わたしなどは、こうなりたくないなあ、と思う方へ行った(笑)」というようなことを答えられていました。この話を聞いて、中村先生が宮沢賢治学会のイーハトーブ賞を受けられた時の授賞式(2004年)に寄せた言葉を思い出したのです。

 

「よくよく考えれば、どこに居ても、思い通りに事が運ぶ人生はありません。予期せぬことが多く、「こんな筈ではなかった」と思うことの方が普通です。賢治の描くゴーシュは、欠点や美点、醜さや気高さを併せ持つ普通の人が、いかに与えられた時間を生き抜くか、示唆に富んでいます。遭遇する全ての状況が――古くさい言い回しをすれば――天から人への問いかけである。それに対する応答の連続が、即ち私たちの人生そのものである。その中で、これだけは人として最低限守るべきものは何か、伝えてくれるような気がします。それゆえ、ゴーシュの姿が自分と重なって仕方ありません。」

「イーハトーヴ賞(宮沢賢治学会主催)受賞に寄せて 中村哲」より抜粋 

(全文)http://www.peshawar-pms.com/kaiho/81nakamura.html

 

 「みんなの本当の幸い」のためには、日常の愛と奉仕しかないことを、私もずっと教わってきましたが、日常で起こる出来事に、どう対処するか。世の中(人)のためにやるか、自分の保身のためにやるか、心をとるか、モノをとるか。その積み重ねでしか、その積み重ねだけが、世界を変えていく、平和を築いていく礎であること。それだけが、その人の人生の価値を決めるということを、中村先生はご自分の人生をもって示して下さったと思うのです。

 

「正しく清くはたらくひとはひとつの大きな芸術を時間のうしろにつくるのです。ごらんなさい。向ふの青いそらのなかを一羽の鵠(こふ)がとんで行きます。鳥はうしろにみなそのあとをもつのです。みんなはそれを見ないでせうが、わたくしはそれを見るのです。おんなじやうにわたくしどもはみなそのあとにひとつの世界をつくって来ます。それがあらゆる人々のいちばん高い芸術です。」

―― 宮沢賢治作 童話「マリヴロンと少女」より

 

 今も中村先生はあちらの世界で、次のもっと大きな活動をされていると信じています。

 

草薙建

 

 

| 草薙建 | 15:54 | comments(0) | - | pookmark |
2月は記事がありません

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| ポラーノ@管理人 | 13:26 | comments(0) | - | pookmark |
活版体験

 

 町の印刷屋さんで当時のおはなしを聞きながら、手フート印刷機を使っての活版体験に参加しました。印刷所の中に入ると昔の手動の印刷機や、柵には活字がきちんと並んで入っています。なんだか懐かしい空気の中に包まれて行くような気持になりました。

 

活版体験2

 

 10月リラ自然音楽クラブの講座、賢治長へん輪読会で『銀河鉄道の夜』の 一、午后の授業 二、活版所 三、家 をみんなで読みました。読み終わった後、二、活版所 の場面でAさんが昔、印刷所で活字が沢山入っている棚を見た事など詳しく懐かしそうに話して下さいました。またBさんは「お母さんを想うやさしくて、本当に健気なジョバンニの姿を感じます」といったような事をおっしゃいました。

私はその時の、皆さんのお話しが浮かんできました。

 

活版体験6

 

 私は名刺を作るために、柵の中の一番小さなひらがなの活字を、一つ拾うのにもたもたしながら文選箱に入れながら、あー、ジョバンニは私が手に持っている活字よりも、もっともっと小さな活字を、一つ一つ間違えないように沢山拾って、この文選箱に入れていたのだと思った時、大人たちの中で、仕事は本当に大変なのに、それよりも、パンと牛乳と角砂糖を買ってお母さんに飲ませてあげようというジョバンニの心に触れて、胸がいっぱいになってしまいました。
 印刷所のご主人から頂いた資料の中に、『銀河鉄道の夜』の二、活版所が書かれていましたのでお伺いしたら「ジョバンニが壁の隅の所へしゃがんで、粟粒ぐらいの活字を拾っていたと書かれているので、私の想像ですがルビ(ふりがな)の活字を拾っていたのではないのかなー」とおっしゃって、(欧文活字大きさ実物)という資料を見せて下さり、そこに印刷されている字の小ささに驚いてしまいました。それは本当に粟粒ぐらいでこれを拾っていたのだと思うと言葉がでませんでした。
 印刷所はご夫婦二人だけで活版印刷も続けられています。
廃業になったりして使われなくなった活字や、昔の活版印刷機械を譲り受けた物もあり、中には捨てられてしまった物もあって、忍びなく思うとご主人はおっしゃっていました。
これからも大切に使って、若い方達に受け継いで行けたらいいと思われています。
 私はとてもいい体験をさせていただきました。


                   ヒームカ

 

活版体験4

 

活版体験5

 

 

| ヒームカ | 23:28 | comments(1) | - | pookmark |
2020年 元旦

 

明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い申し上げます。

 

 

   令和二年     

           でくのぼう宮沢賢治の会

 

 

ばら

 

 

 

| ポラーノ@管理人 | 10:22 | comments(1) | - | pookmark |
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