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賢治さんと剣舞〜銀河と森とのまつり 2
まず剣舞とは一体どういうものなのでしょうか。

 「新 宮沢賢治語彙辞典」によれば、
 剣舞  念仏剣舞。鹿踊りと同様に岩手県に広く分布、それぞれ町村名等を冠して保存されている
      郷土芸能。笛・太鼓・鐘等の囃方に八〜十数名の踊り子で組を作り、お盆に各家の仏に回     
      向供養して回り、かつては町へも門付に繰り出した。踊りは浄土信仰の所産である南無阿  
      弥陀仏を唱えつつ踊る念仏踊りに、修験道(山伏)の呪術的な所作が併合され芸能化した
      もの。  

      さらに
      賢治が1917(大正6)年のあきの江刺郡土性調査の旅の途中でであった、原体剣舞、上
      伊手剣舞は、江刺地方で少年によっておどられる羽根子剣舞と言われるもの。
 とあります。

 では、上伊手剣舞と原体剣舞とは?
 上伊手剣舞に関しては、伊藤卓美氏が原体剣舞の庭元である菊池正美の話として、
 「昭和の初めまで伊手の柿の木という所に、同じ剣舞があった(*1)」ということをきいておられたほ
 かは上伊手に関して特に資料がありません。

 原体剣舞は、江刺市(現:奥州市江刺区)岩谷堂中野にあった増沢念仏剣舞から伝わったもの
 である(*2)とされています。(増沢念仏剣舞は現存しません。)
 その由来については、慶応元(1865)年の巻物によれば、「釈迦の高弟目蓮尊者の母が餓鬼道に
 おちいったため、川が火となって流れる等の天変地異が起こり、人々は大いに苦しんだ。目蓮尊者
 はこれを救うため、釈迦の教えに従い、七月十五日に香華、灯燭、茶菓、を献げ、その供養に鉦、
 笛、太鼓の拍子に合わせて舞い踊ったのが盂蘭盆であり、この芸能のはじめである。」という。
 さらに、「天慶元年(九三八)、密教の 祖空也上人が辻説法を行う際に、四十八人の弟子に夜叉形
 の面をつけ、太刀、扇をもって、笛、太鼓、鉦、ショウ、ササラの五音の曲を調べ南無阿弥陀仏の六
 字名号を唱えて踊ったのに始まる」ともいいます。(*3)
 また高館物怪剣舞の始まりについても書かれているが、後述することにします。
 さらに伝本にはないが、原体剣舞へ踊りを伝えた増沢念仏剣舞は、文政十(1827)年江刺市伊手
 の神(→正しくは「地の神」地名)から伝えられたとの説もあります(*2)。

  *1 「原体剣舞」との出会いからー江刺土性調査の旅ー 伊藤卓美 宮沢賢治研究会
  *2 念仏剣舞 発生・伝播・変容と資料 小形信夫 東日本ハウス文化振興事業団
  *3 わがみちのく郷土芸能ー早池峰神楽・鹿踊り・鬼剣舞ー 粒針修   錦正社  
  
| 風志野はるか | 17:57 | comments(0) | - | pookmark |
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