Entry: main  << >>
【ネパールの賢治学校】ナンダ・プラサド・ウプレティさんの”REASON FOR MY REQUEST”<1/4>


 ネパール地震で被災したケンジ・インターナショナル・スクールの更新情報です。5月13日にナンダさんから送られてきた記事 ”REASON FOR MY REQUEST” の意訳文に、熊谷代表が序文と小見出しをつけ、リラ自然音楽クラブの機関誌『リラ自然音楽 生命の樹』6月号に全文掲載いたしました。当ブログでは、機関誌には掲載されなかった英語原文を含め、4回に分けて転載いたします。


以下転載
---------------------------------------------------------------------------------------------------------

「なぜあなた方に支援要請をしたのか」

  ネパール大地震で被災され、緊急事態に陥り、支援要請を初めて出された
  ケンジ・インターナショナル・スクール校長のナンダ氏がその真情を綴られたものです。 
  
( )は意訳者の注釈。〈 〉がナンダさんが原文に付けたカッコです


"REASON FOR MY REQUEST"(何故、支援要請するにいたったのか) 
  英語原文 ナンダ・プラサド・ウプレティ  2015年5月13日発信


<1/4> 

ネパール大地震4/25直後のカトマンズは苦しみのるつぼ


 目を閉じて、耳を閉じると、まだ、私の傍らで、私の祖国が泣いているのが聞こえます。私の耳は痛みでズキズキし、赤ん坊から、お年寄りまでの、自国の人々の泣く声、声、声、が聞こえて来て、私の心は火が燃えているようです。自分自身をコントロールすることが出来ません。涙が両目からあふれ、頬をつたって、私の洋服を濡らしました。私は、群衆の間をスキャン(走査)して、重篤な怪我をした人がいるかもしれないと探しました。いやそれは違う、私は安堵のため息を一つついたのです。その後、どこか近い所からも、どこか遠い所からも、それらが私の方に押し寄せて来ました。大声で泣き叫んでいるに違いない誰かが、大地震が生んだセメントとレンガの大きな塊の直撃を受け、その身体を引きずりながら助けを求めている誰かが。しかし、そこに戻って、助ける勇気(ガッツ)のある人は誰もいませんでした。それは、苦しみでした。私は、膝の上に崩れ落ちて、声を出さずに泣きました。


余震の中での恐怖、子どもたちの泣き叫ぶ声


 ものすごい数の人々が、路上に群がっていました。辺りは、緊張(ストレス)、恐怖、驚愕の空気に包まれていました。人々の目から、まだ涙はこぼれていませんでしたが、ほとんど泣いているように見えました。ひっきリなしに起きる余震が、私たちを常に追いかけまわしていました(襲っていました)。反応するのは、ほとんど不可能でした。(恐らく、揺れるたびに建物の外に逃げないといけない状況)私たちは、あらゆる恐怖にかられ、逃げようと戦っている我々以外の人々の問題に、悪戦苦闘していました。耳をつんざくような、子どもたちの泣き声は、一瞬にして、地域全体に広がりました。そして、彼らの多くはケンジ・インターナショナル・スクール出身でした。"Sirbuwa"、彼らは、自ら私の中に飛び込んで来て、私の腕にしがみつき、無垢な瞳で私を見つめました。短い間、まだ、はぁはぁ息をはずませながら、その小さな子どもたちは、ハミングを聞かせてくれました。彼らの小さな心臓が、とても速くとても強く鼓動するのを、簡単に感じることが出来ました。その鼓動は、私の背筋を度々ゾクゾクさせました。


助けをもとめる群衆、絶叫の中で救援活動を決意


 携帯電話をかけようとして誰かと話すことが出来たのは、10人中、たった1人だけでした。その度に、我々がいかに巨大な破壊に遭遇しているか、いやがおうでも思い知らされました。亡くなった犠牲者の数は、すでに500人に届こうとしていました。私は無事だったし、家族も無事でした。ほとんどの親類縁者とも電話がつながりました。いくつかの資産の形状が破壊されたとは言え、なんとか使えそうな状態でした。私の身体中の血管には、アドレナリンが駆け巡り、立ち上がって、私の助けを求めている人々を助けるという自らの道を前進するよう、促しました。しかしその一方で、私自身にも同様の事態が起きていました。(しかし、)路上に散らばり、行くあてのないそれらの人々を、どうして放っておくことが出来ましょうか? 何が起きたのかも、まだ良く分からないまま見捨てられた(放棄された)、それらすべての子どもたちを、どうして放っておくことが出来ましょうか? 私の学校で、父親のように面倒を見て来た、私の息子たちや娘たちを、どうして放っておくことが出来ましょうか? 私は、私のギアをバックに入れかえて、群衆の中を見て回りました。人々のあの怯えた様子は私を突き動かしました。何とかして、その夜を生き延びることが出来るように、彼らを助けようとしました。私には、考えがありました。<2/4>につづく


全4回 <1/4><2/4><3/4><4/4>



2014年9月21日の賢治記念行事の時の写真です。学校の前庭にて。
ケンジ・インターナショナル・スクール Facebookページ
 
| ten | 13:00 | comments(0) | - | pookmark |
Comment








  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

宮沢賢治手帳topへ

 
 
熊谷えり子講演報告
人と自然がうたう愛のシンフォニー
ースピリチュアルな賢治童話の世界ー

 

**バックナンバー在庫状況**
でくのぼう宮沢賢治の会
会報誌について

現在、2号 8号 9号 10号
11号 12号 13号は在庫あります。
他の号についてはございません。
ご了承をお願いいたします。
 

在庫僅少です
会報誌14号発行
2015年8月15日


 
会報誌13号発行
2012年6月28日


 
会報誌12号発行
2010年9月21日


 
会報誌11号のご案内
 
会報誌10号のご案内
 
会報誌9号のご案内
 
会報誌8号のご案内

会報誌7号のご案内

今月の読書会(〜平成19年9月)
 

Category

Link

Entry



 ◎ブログへのコメントをありがとう
 ございます。
 ◎ブログ内記事と関連のないコメン
 トや宣伝のみ等と思われる場合は公
 開を見合わせていただいておりま
 す。よろしくお願いいたします。


Comment

Profile

Search

Archives

Feed

Others

Mobile

qrcode