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【ネパールの賢治学校】ナンダ・プラサド・ウプレティさんの”REASON FOR MY REQUEST”<2/4>


<1/4>のつづき記事です。

<2/4>

校庭にテントを張り、被災者の寝場所をつくる


 度重なる余震のマグニチュードは、次第に、より弱く、より弱くなっていきました。そして、かき集めてきた全ての勇気を携えて、私は、学校の庭に、私の道(やるべきこと)を作りました。私はあたりを見回しました。ひび割れ(複数形)も、摩耗(複数形)も裂け目(複数形)も、ありません。眠れない夜のための、完璧な場所。同じこの遊び場で、私の子どもたちが楽しそうに遊んでいる様子を、私は脳裏に思い描きました。花のつぼみのように傷つきやすい、無垢な小さな子どもたちのことを。不覚にも一滴の涙がこぼれてしまいました。私は息を止め、そして、猫のように注意深く、蛇のように蛇行しながら(コソコソと)、祈りの言葉の数々を繰り返し、何も悪い事が起きないように願いながら、ケンジ・インターナショナル・スクールの建物の中に戻りました(入りました)。私は、すべての部屋と天井板をスキャン(走査)しました。亀裂などはないようでした。〈私たちの前途に道をつくってくれた(まだ、希望はあると思わせてくれた)のは、たぶん、苦しい状況とあの暗闇でした。私は、それらを良く見る事が出来ませんでしたので。〉本棚や、他の物(複数形)が、床の上に、散乱していました。私は、それらが損傷を受けていないことを願うばかりでした。私は、テントを探すために物置部屋に走り、そして、見つけ出しました。私は、テントに飛びついて掴みました。出来る限り、掴みました。でもその時、私には、それらが元の場所に戻る時が迫って来ていることが、地面全体の、その奥底の方から感じることができました(余震のこと)。私は走りました、学校の持ち物である3つのテントをしっかり抱えて、風のように走りました。「自分のことなんか構ってられるか! 」という状況で、みんなの苦悩に満ちた視線を一身に受ける事態に、私は直面していました。私の家族は、私を見て一斉に叫び声をあげました。私は、まず自分自身を落ち着かせてから、彼らに笑ってみせました。私は、私たちが、少なくとも、現時点まで無事であったという事は、喜ぶべき事実だと感じました。
 

臨時避難所を開設、泣きやみ抱きつく子どもたち


 私は、自分の17歳の息子をちらりと見ました。こちらに来て、みんなのために、すべての人々のために、臨時の避難所を建てるのを手伝うよう、彼に言いつけました。校庭に戻り、その地面を良く観察し、地面を覆うために、私たちの持っているテントがいくつ必要か計算しました。私たちは、働きはじめました。そして、徐々に、数人の男性たちが来て、我々がやろうとしていることを、人間として、人間性ある思いやりを持った人間として、助けてくれました。私たちは、校庭のだいたい3/4を覆う、臨時避難所を建てました。私たちはまた、私たちの門を下に運んできて、そして、別の場所に保管しました。もし恐怖に駆られても、慌てて開け閉めする必要がないように。私たちの誰もが、これ以降誰も望んでいない地震が起きたとしても、揺れている間に逃げ出せるように。私たちが、出来る限りのことをしたことで、人々の中に、安心が形作られてきたのを、私は感じることができました。笑顔の気配が、人々の顔に広がっていきました。子どもたちは、泣きやみました。あたりに居た私のすべての子どもたち〈学校の生徒〉は、私に駆けよって来て抱きつきました。このことから、私は感情的な助力をもらいました(私の心の支えとなりました)。これらの全ての出来事が、私にまた、涙をあふれさせ、涙がいくつもこぼれ落ちていきました。それから、私の地域社会の全てのメンバーに、それぞれ快適に過ごせる場所を自分自身で作るように頼みました。彼らのうち何人かは、複数の必要物資を持って、一晩、彼らの家に戻りましたが、何人かは、家に戻る勇気は出せませんでした。私と息子は、自宅に登っていって、また、10前後の家族が、一晩過ごすのに十分な食料等の供給物資を持って降りてきました。


寝むれぬ夜、賢治の話を子どもたちに語りつづける


 暗闇は、ゆっくりと私たちに向かって近づいてきました。その辺りで座ったり、泣いたりしている状況ではありませんでした。私たちが、何とかしてこの場所をうまく運営して、その夜を、どうにか生き延びないといけませんでした。その夜は、ほんとうに恐るべき夜でした。ほとんど、1時間毎に、余震が私たちを襲いました。眠れぬ夜でした。子どもたち〈生徒たち〉は、私の周りに座って、お話をして欲しい、歌を歌って欲しいとせがみました。私は、恥ずかしがったり(躊躇)しませんでした。私が話して聞かせたのは、「セロ弾きのゴーシュ」「注文の多い料理店」「銀河鉄道の夜」でした。私は、子どもたちに、私の知っていた有名な宮沢賢治のエピソードを、すべて話して聞かせました。
<3/4>につづく

全4回 <1/4><2/4><3/4><4/4>


学校の前庭と校庭につくった緊急避難所の様子です。青テントの左側にあるカラフルなポールはブランコの支柱です。
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