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【ネパールの賢治学校】ナンダ・プラサド・ウプレティさんの”REASON FOR MY REQUEST”<3/4>


<2/4>のつづき記事です。

<3/4>

4月26日、学校再開のために、初めて支援をもとめる決断をする


 翌日、2015年4月26日は、通信回線が、かなり安定してきました。そして、私は日本の友人たちから、数々のメール、メッセージ、電話を受け取りました。彼らは、この大災害による壊滅的状況によって、もしや何か大きな破壊が起きてないかと、心配してくれていました。私たちは、学校内部にある沢山のものを、単に注意する以上に注意深く、取り出してきました。学校の資産を、端から端まで徹底的に。多くのものは、散乱した状態で見つかりました。原型をとどめないほど粉々になったり、壊れたり、修理不可能な形になったりしていました。私は直ちに、全ての生徒たちを呼んで、それらが無事か、そうでないかを確認させました。そして、ありがたいことに、それらはみな無事だったのですが、子どもたちは大変ショックを受けてしまいました。命こそひとつも失われなかったものの、彼らのたくさんの持ち物や資産(村にある家や、数台の車など)は完膚なきまでに破壊されてしまいました。それから、私は、学校のすべての教師のメンバーを学校に招集して、緊急会議を行いました。教師たちも、全員、無事でした。私たちは、ケンジ・インターナショナル・スクールの誰ひとりとして失ったメンバーがいないことを、喜びました。私たちはまた、こちら(ネパール)の私たちのコミュニティの中の、我が校のために旗を振ってくれる支持者の皆さんたちに相談し、「学校の全ての損失を伝え、日本の友人たちに、支援と助けを求める」ことについて、それとなく提案してみました。私は、助けを求めることに、気兼ねしていました(遠慮していました、二の足を踏んでいました)。私のハートは、友人たちに助けを求めることを、良しとしないようでした。私が、これまでの人生の中で、たとえ、とても小さなことであっても、(誰かに助けを求めて)手に入れる事はなかったし、それは、決してした事のなかったことだからです。この日以来、私は学校(のために)、自宅以外の場所で、食事を取っていません。食事以外は何もとっていません。1杯のコーヒーでさえも飲んでいません。いつも倹約につとめる人間になろうとすることは、そうでない人よりも、より良いことであると、私はいつも信じています。私はこれを、私のすべての同僚たちに、伝えました。私は、私の日本の友人たちに、支援者を探してもらう手紙を書くことが出来るだろうか? それについてどう思うか、同僚たちに聞いてみました。しかし、心の奥深くでは、私はもう分かっていました。ケンジ・インターナショナル・スクールを、この困難な状況から何とか切り抜け生き延びさせて、もっとより良い方向に持っていくことは、完全に私の責任であると。それは、これまで、いつだって私の夢であり続けてきたこと。それは「小さい子どもたちに、そのヴィジョン(展望、洞察力)を、宮沢賢治の道を歩むことを、そして、人生の中でより良い人間になることを、教えること」です。それから、私は、すべての日本の友人たちへ、支援をお願いすることを受け入れました。私のハートは、これを望んではいませんでした。しかし、「現実」は私の傍らにありましたーそれは、相関する私のふたつの責任でした。私のすべての喜びを分かち合う事と、私たちのために旗を振ってくれる支持者たちや友人たちと、悲しみを分かち合う事は。喜びと悲しみを、支持者たちと分かち合うことは、両者の結びつきを、より強固にしていくこと。協同することは、太い大黒柱のうちの1本です。この世界が、生きとし生けるものにとって、もっとより良くなっていくことを支援するための1本。全ての痛みと悲しみは、とりあえず、しまっておいて、このハードルを飛び越えて行くことこそ、人生で成功するために必要な行いです。


よりよき世界のために、賢治精神のかけ橋となりたい


 遠隔地にある、日本から余りに遠い国にある小学校、ケンジ・インターナショナル・スクール。そこには、かのヴィジョン(展望、洞察力)の花が咲きみだれ、宮沢賢治の道のあとを歩んで行きます。この花畑(庭園)は、大変良く手入れされているので、世界がより良くなるためにその花々は、生き生きしたすてきな香りや美しさをふりまきます(顕現します)。創立15周年の最初の仕事として、ケンジ・インターナショナル・スクールが、他の模範となるような研究機関として、前途有望で、新たなる高みに位置する学校として、認定されること(…位置する学校に育てていくことをお約束します)。私、ナンダ・ウプレティは、私の親愛なる日本の友人たちに、助けを求める手紙を書き始めて、涙があふれ続けています。私たちは、この学校を架け橋にすること、寺院にすること、日本とネパールの間の友好の象徴にすること、それらすべてに対し、がんばり続けようと思います。私たちには、夢があります。この研究機関を、岩手の人々や、日本の人々が世代から世代にわたって、思い出してもらえるような場所にしたいのです。例えば、自尊心を持てるような場所に、賞賛に値する栄誉ある場所にしたいのです。

ナンダ・プラサド・ウプレティ
ケンジ・インターナショナル・スクール 校長

ケンジ・インターナショナル・スクール Facebookページ

<4/4 英文原文>につづく 

※日本語の意訳文はここで終わりです。最後の段落の中程ですが、
時間がなかった原稿入稿時に、どうしても腑に落ちなかった部分の意味が
今日、分かったような気がしましたので、()として付け加えました。
明日は原文を掲載しますのでご指南ください。

全4回 <1/4><2/4><3/4><4/4>



2014年にいただいた学校の写真の中の1枚。職員室の窓ガラスに賢治さんのシルエットが貼ってあります。


JUGEMテーマ:デクノボー宮沢賢治について
| ten | 11:00 | comments(2) | - | pookmark |
Comment
ten様
翻訳ありがとうございました。

ナンダさんの魂の叫びが伝わってきます。
ナンダさんが支援を求めるまで、心の底からどれだけ葛藤されたのか、痛いほど伝わってきます。
「この世界が、生きとし生けるものにとって、もっとより良くなっていくことを支援するため」ナンダさんは前へ踏み出されたのですね。
ナンダさんが正真正銘のデクノボーであることを証明しています。
そんなナンダさんが創った学校だからこそ、私たちもそのために何かさせてほしいのです。

まだまだ予断を許さない状況です。
ナンダさん、皆様どうかご無事で。

ケンジ・インターナショナル・スクールが世界の虹の架け橋になりますように。
私たちも虹の橋をかけ続けたいと思います。
Posted by: 橘香 六花 |at: 2015/06/16 1:35 PM
橘香さん、ほんとうですね。ここ、日本に生まれた以上は、自分に出来る事をこの地で、力いっぱい頑張りたいです。ナンダさんが、ネパールの大地を踏みしめながら奮闘されているように。
虹の橋をかけたいです!
Posted by: ten |at: 2015/06/18 6:45 PM








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